幸星菴

幸星菴

柔らかなマテリアルと空間の「張り」

大阪の中心部、靱公園に面する雑居ビルの6Fに位置する書家のアトリエと書道教室の計画。横長 の間口いっぱいを塗りつぶすがごとく、まるで映画のスクリーンのように公園の高木の緑が目に入るスケルトンの一室がリノベーションの対象である。書家は、都会の中心にありながら、そこから最も遠い質の場を求めてこの一室に辿り着いたのだろう。窓を開ければ、すぐそこにある四つ橋筋の車の喧騒が嘘のように、鳥のさえずりと葉っぱの揺れる音だけが聞こえる。このたった30 m²の小さな一室を「書」のための空間として設計する。

書家と話すうちに、書道という芸術を司るすべての素材は自然由来のものである事実を知った。 紙、筆、硯、墨汁、毛せん、文鎮などそのすべてである。さらに、現代書道においては、文字の美しさを表現するだけでなく、字を書くことを通して、精神を整えることやその後にコミュニケーションを図ることも目的の一つとなっていることを知った。書の前後ではお茶もするし、おしゃべりもする。そのため、緊張をもたらす「空間の張り」だけでなく、緩和をもたらす「空間の寛容さ」も同時に必要となる。素材を通して書にふさわしい空間を作ること、空間の張り・寛容さ をもたらすことが目指された。

天井を連続するアーチで形づくり、和紙を貼った。和紙の一枚一枚のプロポーションは、半紙を参照した。光を反射した公園の緑が曲面を舐めるように室内に取り込まれる。窓に対面する壁には、緩やかな円弧を描くように曲げられた厚み1.6mmの黒皮の鉄板を連続的に設置した。窓の外の緑や光の変化をゆっくりと増幅させる。窓に向かって右側の赤茶色の壁は造作収納棚である。 錆び促進剤と雨水で赤く錆びさせたのち、サランラップをかけて、酸素を追い出し黒化させることを繰り返し、ココ!という表情で止めて、クリアラッカーで定着させた。その他にも、墨汁で染めたベニヤ板にガラスマットとFRPで仕上げた、表情のある深い黒の机の天板、穀物酢にス チールウールを一晩漬けて生まれた酢酸鉄溶液を塗り込んだ茶灰色の棚、墨汁を薄く染み込ませたモルタルの床など、さまざまな素材を建築家と書家で考案し、空間に表情を与えていった。施工は大工、鉄職人、建築家、書家の協働である。様々なマテリアルが調和しながら響き合う空間 は、協働体制そのもののようである。結果、どこに書が飾られても、空間と書が高めあい、「張り」と「やわらぎ」がともにある、書のための空間が生まれたように思う。

architecture photo 特集記事

CONFORT 2022年10月号

所在地 大阪府大阪市西区
用途 アトリエ+書道教室
構造・規模 S造 地上7階建てのうち地上6階部分
延床面積 33.43㎡
掲載 CONFORT 2022年10月号
TEAM 施工:YAP+コムウト+bowlpond+伊藤江星
PHOTO YOSUKE OHTAKE
MOVIE YOSUKE OHTAKE
幸星菴

2021「ポストバブルの建築家展ーかたちが語るときー

Next