ひとまわり大きな環境と対話する
川西市黒川地域は、兵庫県の北東部に位置する「日本一の里山」と呼称される自然豊かな場所である。計画地は明治37年築の北棟、昭和22年築の南棟の2棟で構成される、希少な木造小学校建築である旧黒川小学校の、かつてはグラウンドだった場所だ。近年、黒川地域は過疎化と高齢化が顕著であり、旧黒川小学校も昭和52年に休校、後に黒川公民館として、地域行事や里山学習の拠点として活用されていた。しかし老朽化は進んでおり、その耐震改修及び、黒川の自然を学ぶビジターセンター兼地域住民の避難所の新築提案を求めるプロポーザルで我々のチームが選ばれた。
計画地周辺は田尻川の支流である黒川に沿って、東西方向に段々畑が続いている。人々が生活のために自然地形に手を加えて整備した、食のインフラである段々畑の一部がかつて小学校のグラウンドとして利用されていた。里山とは、そこにある自然環境を人が必要最小限に改変する行為の集積によって生まれる。西から東に向かい徐々に標高が上がっていく山の中腹のあたりにいかに建築を配置するか。北側には旧黒川小学校、南側には黒川を越えて敷地にアプローチする橋がかかっている。東側には妙見山へ続く雄大な山々が広がり、西側には黒川の下流に向かう谷地形が見られる。我々はグラウンドという場所に対してではなく、旧黒川小学校も含む「里山」というひとまとまりの環境に対してどのような態度で臨むかを考えた。ビジターセンターとして要求された機能の集会場、事務室、水回り空間、倉庫、加えて避難所という役割を直列に配することで生まれる細長いボリュームを、東から西に段状に傾斜のつく敷地の西側に、長手を南北方向に沿うように配置する。それは北から南への傾斜に沿って建てられた既存の旧黒川小学校に対しての角度を90度回転させたものとなる。その配置に沿うように、鉄骨造のスロープが新旧の建物を接続する。
新築棟のプロポーションは、旧黒川小学校に見られた片廊下型に教室が並列配置する形式が生み出す、横長平面に切妻屋根が架かかったものを踏襲した。そしてその平面計画はいたってシンプルである。集会やイベントなどといったワンルームで使用される日常時、仮設間仕切りによる個室化と動線確保が要求される被災時避難所としての非日常時、その両方を満たす設計をする上で鍵となるのは柱間のスパン設定だが、本プロジェクトで見出したそれは、短辺方向は2,500/1,000/2,500ミリ、長辺方向は3,900ミリの反復である。3,900ミリという、木造スパンでは標準的な「2間」に近い数字は、柱内法を三等分することで3人分の避難ブース幅を確保し、そこに2,500ミリを乗ずることで約2畳程度のスペースとなる。1,000ミリの中央列と、通風採光と内外のつながりを生むはき出し窓際の幅1,500ミリの軒下・デッキも通路となり、中廊下と片廊下がハイブリッドした構成となる。また中央列の柱は千鳥配置としており、そこに取り付く耐震要素である筋交は縦方向に引き伸ばされた階高と連動することで自由な人の行き来を許容する。このようにして生まれた全長約35メートルの架構に、事務所や水まわり、倉庫が納められたインフィル、中に設備配管を内蔵した木摺、視界と光をコントロールするファブリック、焼杉板外壁や窓といったエンクロージャーが取り付く。
南側の橋を渡りアプローチすると新築棟がまず目に入る。軒下に沿って進み、中央付近のエントランスを入ると目の前には谷地形が広がる。エントランスホールを抜けそのまま進むとスロープにたどり着き、渡ると旧黒川小学校へと辿り着く。このようなサーキュレーションに、建築全体を囲うどこからでも出入りができる掃き出し窓が合わさることで、かつてここで学んだ子どもたちが振る舞ったであろう無方向な動きが重なり、里山の風景を全方位的に経験することになる。
北棟と南棟は現在改修中であり、完成すると明治・昭和・令和の時を経て新旧の建築が里山の風景の中にふたたび含まれてゆく。既存の建築を取り壊す、あるいはそのすべてを変えてしまうのではなく、現代の建築基準法に合わせて手を加えるリノベーション、時には新たな建築行為をも含めて行う再編ともいえる設計行為を通じて、その地の歴史や経緯、そして人々の営為を顕彰したいと考えた。
所在地 | 兵庫県川西市黒川字中尾264 |
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用途 | 地域公民館+避難所 |
構造・規模 | 木造 地上2階建て |
建築面積 | 252.70㎡ |
延床面積 | 263.66㎡ |
敷地面積 | 1,984.57㎡ |
掲載 | 新建築 2024年12月号 |
共同設計 |
expo 木村松本建築設計事務所 |
TEAM |
構造設計:満田衛資構造計画研究所 設備設計:幹設備設計事務所 外構:和想 ファブリック:fabricscape 施工:ソトムラ |
PHOTO | Nobutada Omote |